地域に生きる“みまさか”の若手たち

宮尾 廣実さん =美咲町大垪和西

地域に生きる“みまさか”の若手たち

宮尾 廣実さん
=美咲町大垪和西

 標高400メートルのすり鉢状の傾斜地に連なる美田。その数およそ800枚。農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれている美咲町大垪和(おおはが)西地区の棚田だ。一枚一枚のあぜが織りなす優美な曲線は四季折々に美しい情景を描く。
宮尾 廣実さん

休耕田の活用や地区の活性化に弾みを

誰もが心癒やされる“原風景”ではあるが、農作業は重労働だ。一枚一枚の形が異なり面積も狭いため、大型コンバインなどが導入できないのだ。農家の高齢化も相まって、耕作放棄地は増加の一途。2010年に25・0ヘクタールあった作付面積は20年度、12・1ヘクタールにまで減少した。

「棚田は先祖代々受け継いできた地域の宝。何とか維持しなければ」。地区全体の約2割に当たる約2・5ヘクタールでコシヒカリなどを育て、町棚田保存地区連絡協議会副会長を務める宮尾さんが表情を引き締めた。

 

宮尾さんは勝間田高(勝央町勝間田)、赤磐市の県立農業大学校を卒業後、国際農業者交流協会(東京)の研修に参加して渡米。鉢花のハウス栽培を2年間学んで01年、家業を継いだ。

「子どものころは農業なんて大嫌いだった」と苦笑するが、将来の仕事を考えるうち、幼い頃から見てきた家族の頑張る姿や収穫の喜びばかりが思い出され「農業を生業なりわいにする」と決断した。

山あいにある大垪和西地区は、田に注ぐ水に湧き水を使う。貴重な水源を地域で共有していることに気付き、棚田を守る必要性を強く感じたが、妙案は浮かんで来なかった。

ようやく保全への第一歩を踏み出したのは今春。大垪和地区の若手住民や移住者でつくるオオハガ座芸農倶楽部くらぶのメンバーたち約20人が、田起こしから稲刈りまで一年を通して宮尾さんの指導を受けてくれたのだ。メンバーは来季のコメ作りにも前向きだ。

宮尾さんは「休耕田の活用や地区の活性化に弾みがつく」と期待する。

後継者育成を念頭に、棚田米の付加価値を高める方法も模索する。「労働実感に見合う対価が得られなければ、新規就農者は望めない」と考え、試行錯誤を続けてきた。

17、18年度には県補助を得て地域商社「てらすてらす」を設立した。町内で肥育された美咲牛と棚田米を使ったご当地グルメを開発し、仲間と一緒に運営していたミサキキッチン(原田)などで昨年3月まで販売した。

観光事業の経済効果を地域に波及させる官民組織「美咲DMO」の検討会にも名を連ねる。来春の発足に向けて事業計画を練る中、棚田米の付加価値を高めるマーケティング戦略を模索する。

今後は「てらすてらす」の仲間や地域住民、県や町も巻き込みながら保全活動を発展させていくという。「地域活性化に向けた種を一粒一粒まいていく。これからが正念場です」

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