地域に生きる“みまさか”の若手たち
栗原 立・申 瑞季さん =奈義町
地域に生きる“みまさか”の若手たち
栗原 立・申 瑞季さん
=奈義町
都市から人を呼べるような“岡山発”の物語を
「那岐山にはまるで母親のような安心感があるんです」屋上から妻の申さんが那岐山を柔らかな表情で見つめる。
栗原さんはシカやイノシシ、クマなどの皮で財布や小物、真ちゅうのアクセサリーなどを手作業で仕上げる作家。申さんは演出家平田オリザさん主宰の劇団青年団所属の俳優。2年前に移住した2人は、一度は幕を下ろした創作の場に新たな命を吹き込んでいる。
東京出身の栗原さんと三重県出身の申さんは、毎年夏休みに小中高生が北海道の山中で生活するキャンプに参加していた縁で知り合い、14年に結婚した。
「自然の中で過ごした記憶が将来、田舎で暮らしたいという思いになっていった」と栗原さん。都内にクラフトショップを構えていたが、家が立ち退きになったのを機に長年の夢の実現を決意し、16年から金沢市を経て、日本の演劇の聖地といわれる富山県の旧利賀村(現南砺市)近くの山村で暮らし始めた。
この頃、申さんは悩みを抱えていた。年齢を重ねるうちに役者としての自分の存在意義が分からなくなり、引退も頭をよぎった。
スランプに陥っていた申さんに出演を依頼したのが、奈義町在住で劇団「OiBokkeShi(オイボッケシ)」を主宰する菅原直樹さんだった。
17年から18年にかけて岡山、美作市で公演した劇「カメラマンの変態」に出演。当時91歳ながら、高齢の元カメラマンを生き生きと演じた岡田忠雄さん(岡山市)の演技に衝撃を受けた。
公演後、「私にもまだ希望があるかもしれない」と思えるようになった申さんは、栗原さんを説得し、半年後に奈義町へ。昨年は舞台公演5回、映画2本に出演した。「岡山で多くの演出家や役者と出会えた。都市から人を呼べるような“岡山発”の物語を作りたい」と目を輝かせる。
「革細工も家の改修も、誰かがしていることはだいたい独学でやっちゃいますね」
音楽一筋だった栗原さんが革細工を始めたのは20歳の頃。きっかけは「欲しいと思った財布が高かったから」だった。作品を欲しいと言う人が現れ始め、本業になった。現在はネットを中心に販売し、町内ギャラリーでの個展や県外の大規模展示会に出品している。
富山に移住した時から自宅のリフォームを手掛ける。奈義でもキッチンなど居住空間を優先して進めている。
当面の目標はログハウス部分をリフォームして、申さんが公演に使える舞台と、自らの革作品を展示するギャラリーを作ること。ワークショップを開いたり、作家同士が交流したりできる場所にもしたいという。「ここを最後の家にするつもりで、気長にやります」。栗原さんはこう言って申さんに笑みを向けた。